ルイ・ヴィトン、94.3%の神話

August 12th, 2008  W. David Marx
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先日、六本木のグランド・ハイアット・ホテルでフィナンシャル・タイムズ(FT)主催「ラグジュアリー・サミット2008」が開催され、世界各地からラグジュアリービジネスの業界関係者が集結した。高級ブランド消費における最重要市場である東京。ラグジュアリーというテーマで議論するのに、これほどふさわしい場所はないだろう。

ところが、東京の市場としての重要性を説明するには、誰もが興味をそそられるような数字が必要だったようだ。FTのLionel Barber氏はオープニングスピーチで、「20代日本人女性の94.3%がルイ・ヴィトンの商品を所有している」と述べた。それを受けて、アジアを代表するラグジュアリービジネスの専門家、Radha Chadha氏は、「東京では20代女性の94%が、ルイ・ヴィトンの商品を所有している」と、FT特集号でこの数字を繰り返し引用した。グーグルで「94.3%」「ルイ・ヴィトン」と検索すると、世界の主要新聞や雑誌で、この数字を引用している記事が多数ヒットする。日本のファッション専門紙、『繊研新聞』でさえ、6月2日付けFTサミットの総括記事で、この数字を繰り返し使っている。94.3%という数字が、まるで真実かのように扱われた。

東京に数時間いれば、日本人がルイ・ヴィトンをこよなく愛していることがすぐにわかるだろう。このフランスのブランドは大きな売上高に加えて、世界最強のラグジュアリーブランドになることも、この東京で実現したのである。それにしても、94.3%とは本当なのだろうか?

この数字が何を意味しているか考えてみよう。日本各地(北海道から沖縄まで)から、無作為に20代女性を100名選び、一堂に集まってもらったとする。もし94.3%という数字が正しければ、この100名のうちルイ・ヴィトンの商品を持っていないのは、6名だけということになる。客観的な立場からいえば、94.3%はまったくありえない数字と考えられる。

それでは、この数字はいったいどこから出てきたのだろうか。そこで出典をあたってみることにした。これは2003年に、首都圏の消費者を対象に実施された調査レポートで、セゾン総合研究所(2004年に解散)が『海外高級ブランドのイメージと所有実態』というタイトルで発表したものだ。同レポート6ページ目の終わりに、「20代女性の94.3%がルイ・ヴィトンの何らかの商品を所有している」とある。この数字以外にも、このレポートはどこかおかしいという印象を受けた。それは、40代女性のなんと109.9%がクリスチャン・ディオールの商品を持っていると報告していることにも表れている。所有率が100%を超えるということはどういうことだろうか。このレポートの信頼度には疑問があるといわざるを得ない。

このレポートでは、商品別(バッグ、お財布、スカーフ、香水、コート、スーツ、セーター、パンツ、ベルト、靴など)の所有率を単純に加算することにしたようだ。例えば、20代女性の50%がルイ・ヴィトンのバッグ、30%がお財布、15%がシガレットケースを所有していたとすると、このブランドの所有率は95%という計算になる。統計分析方法としてはきわめていいかげんである。レポートは、「厳密には各ブランドの所有率を示すものではない。複数アイテムを保有する人が多いブランドでは100%を超えることもある」と、はっきり述べている。セゾン総合研究所が、なぜこのような分析方法をとろうとしたのか見当がつかないが、翌年に組織が解散した理由がわかるような気がする。

セゾン総合研究所は、数字と一緒に注釈を添えているが、誰もそれに注目しなかったようだ。現に、日本のマスメディアはそのおかしな数字を「正確な所有率」として報道した。すると、94.3%(または109.9%)という所有率に誰も疑いの念を持たないまま、西洋諸国のマスメディアまでもがこの数字取り上げるようになったのである。


それでは、ルイ・ヴィトンの正確な所有率はいったいどれくらいなのだろうか。

まず20代には、ルイ・ヴィトンを購入の対象にしないサブカルチャー、あるいはセグメントが多く存在する。例えば、『CUTiE』または『Zipper』という雑誌に出てくるような「ストリート系」の女の子は、絶対にルイ・ヴィトンを買わないだろう。「ガーリー系」人気雑誌『non-no』の読者も、ルイ・ヴィトンのように贅沢な高級ハンドバッグや財布を買うことにあまり興味を示さないだろう。確かにファッションの主流でもありボリューム的に大きい『Can Cam』(ルイ・ヴィトンは毎月この雑誌にPR広告を掲載)を愛読する「キャンキャン/JJ族」にとって、ルイ・ヴィトンは重要なブランドである。とはいっても「キャンキャン/JJ族」は市場の中で相対的にボリュームが大きいというだけであって、大多数を占めるわけではない。

ルイ・ヴィトンの嗜好と所有に関して、比較的よく調べている調査がある。それは、TBS総合嗜好調査といって、東京および阪神地区在住の消費者を対象にブランドについて聞いたものである。この調査によると、過去10年において、ほとんどルイ・ヴィトンは20代女性の好きなブランドNO.1に選ばれており、回答者の約30%が好きなブランドと答えていた。ところが、今年はここ最近で最低の26.7%となっており、なかでも東京在住の20代女性でルイ・ヴィトンを好きだと答えたのは、19.3%にすぎなかった。ブランド信仰がかなり強い関西では、ルイ・ヴィトンの人気は依然として驚異的に高いようであるが。ブランド・データ・バンクの国内データでも同じような調査結果となっており、調査に参加した20代女性のうち、ルイ・ヴィトンのバッグを所有するのは15%にすぎなかった。

日本のいわゆる「世間一般の通念」では、およそ40%の女性が、ルイ・ヴィトンの商品を所有していることになっているようだ。繰り返し引用されているFTの架空の数字の半分以下である。実際には、20代女性の30〜40%がルイ・ヴィトンの何らかの商品を持っており、バッグの所有率は15〜20%ではないかと予想される。この数字でも非常に高い印象だが、94.3%を基準にすると15%はかなり控えめに感じられる。

FT主催の本サミットで発せられたメッセージに、日本のラグジュアリー市場は成熟し飽和状態にあるというものがあった。もはやブランド側が消費者を完璧に理解することなく、傲慢な態度で東京に進出し、そして利益を出せる時代は終わったのだ。だからこそ、今まで以上に確かな情報の重要性が増してきている。94.3%というまったく信憑性のない数字はきっぱりと忘れて、明日への一歩を踏み出すべきではないだろうか。

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