二重構造のブログ

November 13th, 2008  W. David Marx
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昨年の11月に掲載した『「恋空」:共感と匿名性から生まれたもの』(日本語版2007年12月27日付)に、このような一節がある。

日本ではネット文化が進化するにつれ、匿名性が基本原理であるということがより浮き彫りにされつつある。

1年が経過した今も、この見解は正しいと言えるだろう。現に、日本におけるブログのほとんどが(SNSも同様に)実名を伏せたうえでも十分に機能している。アメリカの ペレーズ・ヒルトンマーコス・モリツァスのようなサクセスストーリーとは対照的に、日本ではブログで注目されることによって活躍の場を広げるというケースは少ない。

日本で最もポピュラーなネット掲示板「2チャンネル」ではその匿名性ゆえに、ほとんどのユーザーが決まったハンドルネームを使うことすらしていない。『電車男』や『恋空』の作者(もしくは主役)たちは、公の場に姿を現してその成功を称えられたことは一度としてない。彼らはあえて公の場に出てこようとしないようだが、匿名性がこういった現象の一部であることをメディアは受け入れている。

匿名性が日本のネット社会を理解するための基本であることは明らかだが、匿名性がインターネットを利用するうえでの条件というわけではない。もしそうならば、すべてのブログは匿名であるはずだが、少なくとも今のところは芸能人や有名人が、それとわかる名前でブログを書いているのを目にすることができる。

一般の人々が、それぞれ密かにインターネットやブログを利用している一方で、有名なデザイナーやクリエイターはhoneyee.comで情報発信し、モデルやタレントはamebaブログでファンにパーソナルな一面を披露してアピールする。こういったいわゆる“プロフェッショナル”たちは本名や顔を公開したうえで、自身の意見やアイデアを明確に主張している。内容は料理の写真やイベントの報告、仕事の話題などさまざまであり、日記となんら違いないものが多い。このように、現実の社会ですでに有名になっている人はインターネットやブログでも自由な環境を得ているが、それに比べて一般の人々には明らかに自由がないように見える。

“プロフェッショナル”ではない一般の人々は、自分なりの意見を主張することや、個人的なブログを通して名前が知られることで人々の非難を浴びてしまうかもしれないと、無意識に恐れているように感じられる。欧米のブログサイト側はこうした社会の姿勢に対し、公然と侮辱した態度をとっている。その行動こそがプロへの壁を越えるための最短距離(近道)であり、野心に燃える人々がブログを受け入れた理由なのだ。欧米でブログに注目が集まっているのは、名前を出して主張することで人々が有名になれるからである。それとは逆に日本では、特定の名前を使わずに公の場で意見を主張できることが好ましいと考えているようだ。

結果として、匿名性は既存のネットを通して社会秩序を変えていくという可能性を薄くしている。そしてブログの二重構造という体系が日本の社会組織の原則をより強固なものにしてしまっている。「Web2.0」以前がそうであったように、世間に容認されているのはトップにいる人々だけだという現実である。

インターネットとメディアとの力関係においては、依然としてメディアの力が上回っている。ネットユーザーは素性が知られてしまって世間の非難を浴びることに未だ敏感であり、出所のわからないようなハンドルネームを使い、表に出て堂々と自分の意見を述べようとはしない。人を納得させるような鋭い意見を述べて人気を集めているブログでさえ、その作者は自分の本名を明かしていない。調査によると、日本におけるブログの読者はブログという媒体に対し大きな信頼を寄せているようだが、自分の才能を認めさせようと意欲のある者はほとんどいないという。

これに対して、芸能人や有名人、教授、エリート組織の役員といった人々は、欧米と同じように堂々とブログで自分の意見を主張できる環境に恵まれている。つまり日本で有名なブロガーになりたければ、その前に社会でも有名でなければならないというわけである。

近年、インターネットを通して一般の人たちの声が公の場に出てくるようになってきている。「2チャンネル」のようなネット掲示板では、ミクロマス的な苦情や不満を訴えることが容認されている。“毎日デイリーニューズWaiWaiコラム”問題では、数々の論争がネット上で起こり、“炎”と化した匿名の群衆の書き込みによって企業に大きな衝撃を与えるほどであった。これらは確かに社会的な変化の兆しととることもできるが、こうした匿名の集団というのはそもそも、社会組織の行き過ぎた振舞いに対して否定的な文句をつけることしか念頭にないのである。「2チャンネル」に可能なのは、はせいぜい“社会”の外側のペンキを剥がすことであり、構造そのものを崩すことはできない。

テクノロジーとは単なるきっかけでしかない。既存の日本の社会原理が新しい方向へと進むための、しかし決して新たな哲学的価値を生じさせるものではない。我々が欧米のインターネットに期待している“解放的”な社会変化とは、欧米的価値を前提条件としている。日本のブログコミュニティはネットワーク上の社会的価値をただ再現するのみで、インターネットそのものが変化することはない。日本の二重構造の現実社会をブログもなぞっているだけである。

ビール人気が暗示する“今”

September 8th, 2008  W. David Marx
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昨年から日本のマスコミは、日本の若者がビールを飲まなくなっていることに危機感を持って伝えている。もともとお酒をあまり飲まない若者世代は、世界で最も愛されている麦とホップの飲み物を特に毛嫌いしているようだ。ビールは苦くてまずい、と彼らはいう。

このビールに対するあからさまな嫌悪は、飲み会や接待の席で“とりあえずビール”で乾杯してきた、古い世代の人たちには理解できないかもしれない。しかしそのビール嫌いの感情は、今日みられる若者のカルチャーや生活に対する姿勢と傾向を反映している。

ここで肝心なのは“最初のひと口でビールを好きになる人はほとんどいない”という点だ。例えば、学生時代に何度となく開かれる飲み会で苦い経験を味わってきたからこそ、人々はビールの苦味そのものを楽しめるようになる。ビールは酔うという一時的な快感も得られるが、継続的に飲んで味を覚えていく努力も必要。それはまさしく徐々に慣れ親しんでいく“大人の味”である。ビールの味を覚えることは、昔から極めて一般的な成長の証しなのだ。

しかし最近の若者は、長期的な楽しみを得るための短期的な犠牲や、ほんの少しの苦労を要することさえ嫌う傾向にある。作家で評論家でもある内田樹氏は著書の「下流志向」の中で、若者は本や生活の中で何か疑問に思うことがあっても、質問したりその謎を明らかにしようとはせず、それらを飛ばして無視してしまう、とこの厄介な現象について述べている。こういった風潮は、日本のカルチャー全体にまで及んでいる。

日本の若者世代にみられる傾向は、彼ら自身が何を好み、何を知っているか、すでにわかっているという強い自信を持っていることだ。新しいものや彼らにとって無関係なものには、まったくというほど興味を示さない。ポップミュージック市場では過去10年、かつての電気グルーヴやコーネリアスのような実験的志向から遠ざかっていて、単純でストレートな表現のいわゆる“青春パンク”ばかりがもてはやされている。ファッションは、単に目新しいものに走ってしまうのではなく、今という時代を強調する“リアル・クローズ”であるべきだが、現実には(1990年代はそれほどでもなかったが80年代では主流だった)デザイナーズブランドに偏っていたりする。映画に関していえば、若者たちは字幕を読むことが嫌で、洋画もほとんどみなくなっている。

こうした “症状”は世界的にみてもさほど珍しいことではないが、特に日本では傾向が強い。日本の習慣や社会の中には、島国特有のどこか閉鎖的な力が働いている。かつては海を越えた先で何が起こっているか、人々が強い好奇心を抱くことによってバランスが取れていた。すぐに理解できないことを無視してしまうことは、好奇心を持つこととまったく正反対に位置する。知ることへの渇望が欠如していることを、単純にビールを飲みたくないということには置き換えられないが、パターンとしては似通っている。

アルコールの快楽に身を委ねることを知らない最近の若者たちは不幸である。そこには素晴らしい世界が広がっているというのに!

ルイ・ヴィトン、94.3%の神話

August 12th, 2008  W. David Marx
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先日、六本木のグランド・ハイアット・ホテルでフィナンシャル・タイムズ(FT)主催「ラグジュアリー・サミット2008」が開催され、世界各地からラグジュアリービジネスの業界関係者が集結した。高級ブランド消費における最重要市場である東京。ラグジュアリーというテーマで議論するのに、これほどふさわしい場所はないだろう。

ところが、東京の市場としての重要性を説明するには、誰もが興味をそそられるような数字が必要だったようだ。FTのLionel Barber氏はオープニングスピーチで、「20代日本人女性の94.3%がルイ・ヴィトンの商品を所有している」と述べた。それを受けて、アジアを代表するラグジュアリービジネスの専門家、Radha Chadha氏は、「東京では20代女性の94%が、ルイ・ヴィトンの商品を所有している」と、FT特集号でこの数字を繰り返し引用した。グーグルで「94.3%」「ルイ・ヴィトン」と検索すると、世界の主要新聞や雑誌で、この数字を引用している記事が多数ヒットする。日本のファッション専門紙、『繊研新聞』でさえ、6月2日付けFTサミットの総括記事で、この数字を繰り返し使っている。94.3%という数字が、まるで真実かのように扱われた。

東京に数時間いれば、日本人がルイ・ヴィトンをこよなく愛していることがすぐにわかるだろう。このフランスのブランドは大きな売上高に加えて、世界最強のラグジュアリーブランドになることも、この東京で実現したのである。それにしても、94.3%とは本当なのだろうか?

この数字が何を意味しているか考えてみよう。日本各地(北海道から沖縄まで)から、無作為に20代女性を100名選び、一堂に集まってもらったとする。もし94.3%という数字が正しければ、この100名のうちルイ・ヴィトンの商品を持っていないのは、6名だけということになる。客観的な立場からいえば、94.3%はまったくありえない数字と考えられる。

それでは、この数字はいったいどこから出てきたのだろうか。そこで出典をあたってみることにした。これは2003年に、首都圏の消費者を対象に実施された調査レポートで、セゾン総合研究所(2004年に解散)が『海外高級ブランドのイメージと所有実態』というタイトルで発表したものだ。同レポート6ページ目の終わりに、「20代女性の94.3%がルイ・ヴィトンの何らかの商品を所有している」とある。この数字以外にも、このレポートはどこかおかしいという印象を受けた。それは、40代女性のなんと109.9%がクリスチャン・ディオールの商品を持っていると報告していることにも表れている。所有率が100%を超えるということはどういうことだろうか。このレポートの信頼度には疑問があるといわざるを得ない。

このレポートでは、商品別(バッグ、お財布、スカーフ、香水、コート、スーツ、セーター、パンツ、ベルト、靴など)の所有率を単純に加算することにしたようだ。例えば、20代女性の50%がルイ・ヴィトンのバッグ、30%がお財布、15%がシガレットケースを所有していたとすると、このブランドの所有率は95%という計算になる。統計分析方法としてはきわめていいかげんである。レポートは、「厳密には各ブランドの所有率を示すものではない。複数アイテムを保有する人が多いブランドでは100%を超えることもある」と、はっきり述べている。セゾン総合研究所が、なぜこのような分析方法をとろうとしたのか見当がつかないが、翌年に組織が解散した理由がわかるような気がする。

セゾン総合研究所は、数字と一緒に注釈を添えているが、誰もそれに注目しなかったようだ。現に、日本のマスメディアはそのおかしな数字を「正確な所有率」として報道した。すると、94.3%(または109.9%)という所有率に誰も疑いの念を持たないまま、西洋諸国のマスメディアまでもがこの数字取り上げるようになったのである。


それでは、ルイ・ヴィトンの正確な所有率はいったいどれくらいなのだろうか。

まず20代には、ルイ・ヴィトンを購入の対象にしないサブカルチャー、あるいはセグメントが多く存在する。例えば、『CUTiE』または『Zipper』という雑誌に出てくるような「ストリート系」の女の子は、絶対にルイ・ヴィトンを買わないだろう。「ガーリー系」人気雑誌『non-no』の読者も、ルイ・ヴィトンのように贅沢な高級ハンドバッグや財布を買うことにあまり興味を示さないだろう。確かにファッションの主流でもありボリューム的に大きい『Can Cam』(ルイ・ヴィトンは毎月この雑誌にPR広告を掲載)を愛読する「キャンキャン/JJ族」にとって、ルイ・ヴィトンは重要なブランドである。とはいっても「キャンキャン/JJ族」は市場の中で相対的にボリュームが大きいというだけであって、大多数を占めるわけではない。

ルイ・ヴィトンの嗜好と所有に関して、比較的よく調べている調査がある。それは、TBS総合嗜好調査といって、東京および阪神地区在住の消費者を対象にブランドについて聞いたものである。この調査によると、過去10年において、ほとんどルイ・ヴィトンは20代女性の好きなブランドNO.1に選ばれており、回答者の約30%が好きなブランドと答えていた。ところが、今年はここ最近で最低の26.7%となっており、なかでも東京在住の20代女性でルイ・ヴィトンを好きだと答えたのは、19.3%にすぎなかった。ブランド信仰がかなり強い関西では、ルイ・ヴィトンの人気は依然として驚異的に高いようであるが。ブランド・データ・バンクの国内データでも同じような調査結果となっており、調査に参加した20代女性のうち、ルイ・ヴィトンのバッグを所有するのは15%にすぎなかった。

日本のいわゆる「世間一般の通念」では、およそ40%の女性が、ルイ・ヴィトンの商品を所有していることになっているようだ。繰り返し引用されているFTの架空の数字の半分以下である。実際には、20代女性の30〜40%がルイ・ヴィトンの何らかの商品を持っており、バッグの所有率は15〜20%ではないかと予想される。この数字でも非常に高い印象だが、94.3%を基準にすると15%はかなり控えめに感じられる。

FT主催の本サミットで発せられたメッセージに、日本のラグジュアリー市場は成熟し飽和状態にあるというものがあった。もはやブランド側が消費者を完璧に理解することなく、傲慢な態度で東京に進出し、そして利益を出せる時代は終わったのだ。だからこそ、今まで以上に確かな情報の重要性が増してきている。94.3%というまったく信憑性のない数字はきっぱりと忘れて、明日への一歩を踏み出すべきではないだろうか。

ブームの崩壊

May 9th, 2008  W. David Marx

日本のファッションにおけるサブカルチャーは時に“整然としすぎる”場合がある。ゴシックロリータは120%“ゴシックロリータであり、ヒップホップの若者はいわゆる”ヒップホップ“に完璧になりきっている。すべてがわかりやすく、きれいに線引きされているのだ。日本のポップカルチャーの歴史に関する本を読むかぎり、サブカルチャーは常にそれぞれ独自の特徴を持った、完全無欠なものとして存在していた。例えば、1955年といえばマンボスタイルの年、1956年は太陽族、1957年はカリプソスタイルの年。これほどまでに流行り廃りが効率的におこなわれていると、まるで計画されているかのようにさえ思える。

一般的に、戦後のポップカルチャーは日本メディアとポップカルチャー研究において“ブーム”の連鎖として概念化されている。このブームという言葉は、それぞれの時代を定義する短命な“一時的な流行”をあらわすものだ。『チャートでみる日本の流行年史』 によれば、日本のカルチャーは、ストーリー性のあるブームを中心に成り立っているという見方をしている。 この本によると、1991年に焼きたてチーズケーキが大流行したが、1993年には500円もするチーズケーキがそれに取って代ったとある。恋愛関係の性質までもが1年ごとに変わっていった。たとえば、“バカップル”という言葉は1995年に生じた。こうしたブームがどんどん生まれる動きには、小さな社会の変化に過剰反応する日本のメディアが大いに関連している。1986年、共働きで子供がおらず、高収入・高消費型の夫婦“DINKS”がメディアやマーケティング界で大流行し、数年後には“逆玉”がもてはやされるようになったが、その時DINKS層が急に消えたとは想像しがたい。ただ単純に、メディアには新たな“ストーリー”が必要だったのだ。

ブームが行き過ぎたメディアの影響によるものだろうとなかろうと、市場の短命なトレンドを予測して、パターンにあわせていけるようになった。毎年違った“ブーム”の巣作りをすることで、カルチャーの仕掛け人たちはリスクを少なくすることができたのである。気まぐれな若者の消費行動は、鉄や石炭の消費のように予測しやすく、企画が立てやすいほどになっていた。誰もが、数年後に“何が流行るか”を完璧に予測できなくても、“何かが流行る”ことはわかっていたのだ。

2008年2月1日の宣伝会議の特集「若者のすべて」の中で、ブームとは長いこと“ボトムアップ”よりも、“トップダウン”で文化的なトレンドへ発展していったことを裏付けている。さらに、『nicola』編集長である松本美穂子は、ティーン向け雑誌の編集者へのインタビューの中で、近年10代の若者に対するマーケティングが難しくなってきている事に関して、興味深い意見を述べている:

「11年前の創刊当初は、ターゲット層の女の子たちもファッションに飢餓感のある時代でしたから、ブームも作りやすかった。」

メディアは、単に消費者の志向に反応することが当たり前と考えているのではなく、自分達がブームを作り出すという見方をしている。

また、記事の中では次のように説明している。

「昔のように、メディアや企業側が仕掛けたブームは浸透しづらくなっている。」

カルチャー分野における業界の商品が、必ずしも消費者の間で爆発的に売れたわけではないが、社会を巻き込んだ本当に意味のあるブームを作り出したことは評価されるべきだろう。今では消費者のほうも、メディアに作られたスタイルに流されなくなってきている傾向にある(これは欧米流の個人主義の表れなのか、引きこもりスタイルの自己中心主義なのか、答えは聞く人によって違うだろう)。かといって、消費者によって起こるブームが増えたかというとそうではなく、全体的なブームの数は減ってきているのである。ブームを目に見えるように全国的に広げていくためには、商品を理想的なタイミングで店に並べたり、1年後には新しいものが登場できるように場所をあけたりと、常にメディアとメーカーがコーディネートしていく必要があった。“マスメディア”の枠を超えて消費者がもっと自由に行動している今、人々の好みは広がり、消費者のニーズは業界のタイミングに合せて変わっていくことがなくなった。もはやブームは市場には適さなくなったのだ。

しかし、ブームがなくなっている訳ではない。ケータイ小説現象は間違いなくブームのひとつといえる(出版業界はテレビのキャンペーンを展開することで、美嘉の『恋空』を大きく成功させた)。昨年の秋、ファッション誌でピンクのカラータイツを女の子たちにすすめたところ、表参道では突然ミニスカートと革のライディングブーツの間からのぞくピンク色のヒザがあちこちで花開いていた。

それでも、メーカー、消費者、メディアの関係性の概念を再び変えることが必要である。今までの日本のメーカーはタイアップの力や、決められた時間の枠の中で一般的な消費者が皆とまったく同じものを買いたいという傾向に甘やかされてきたのだ。今となっては、メディアが権威のある声をなくしつつある。また、若者はお金がなく(それとも将来のために貯めているのか)、“社会の動き”に流されるよりも自分たちのニーズに興味があるという現状を考えると、企業は消費者に対して、一方的にカルチャーを押しつけるやり方を見直すときがきているのかもしれない。改めて始める必要があるのはマーケティング、だろうか・・・?

お兄系の台頭

May 2nd, 2008  W. David Marx
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過去6カ月、日本の男性ファッションファンは大きな期待を持って、大阪の阪急百貨店メンズ館のオープンを心待ちにしていた。本館の別館となるメンズ館には、トップクラスの人気ファッションブランドが幅広く集まっているからだ。取り扱うブランドは、コム・デ・ギャルソン、ランバン、ディオール オム、メゾン マルタン マルジェラといったデザイナーブランドから、グッチ、プラダ、サルバトーレ フェラガモといった高級ブランドにまでおよぶ。ビジネスマンには、ポール・スチュアート、ジェイプレス、ブルックス ブラザーズ、ラルフ・ローレン パープル・レーベルといったところを見るだろう。トム フォードにおいては、阪急百貨店が日本で初めての出店となる。

先週末、 Hankyu Men’sがついに開店し、3日間で来客数は180,000人にのぼった。『繊研新聞』によると、テナントの中で一番の売上を誇ったのはルイ・ヴィトン初の男性ブティックだったという(このことは、日本ではLVは女性だけのものではないことを証明している)。しかし意外だったのは、2番目に売上の高かったブランドである。そのブランドとは、サブカルチャーの中でも比較的新しい“お兄系”ファッションブランドの中でリーダー的存在のBuffalo Bobs 。前途有望な“ワイルドでセクシー”なカジュアルブランドは、3日間で990万円も売り上げた。数多くのヨーロッパ高級ブランドやデザイナーブランド、スタンダードなアイビーリーグのブランド、その他の超有名ブランド名を連ねているにもかかわらずだ。トップブランドが直接競合するなかで、これは日本のファッション市場の中で消費者の心をつかむ戦いになっているとも考えられる。お兄系は “ギャル男の男らしさ”を市場に適したかたちで追求したカルチャーとして、ここ数年で形になってきた。ギャル男とは、かつて渋谷の“ギャル”サブカルチャーの中でも極端な“ガングロ”の女の子たちと一緒に遊んでいた若者たちだ。彼らも大人になって、凝ったフェイスペイントや派手に飾り立てた服はやめて、アビエイターのサングラスにファーのついたナイロンパーカー、海賊ブーツにふんわり盛り上げた茶髪、体中につけられるだけのシルバーを身につけている(ホストを思い浮かべるとわかりやすい)。お兄系の中心といえば渋谷だが(もっと詳しく言えば、渋谷109-2の5,6階)、そのスタイルは列島全土に広がっている。

ファッション市場がゆっくりと崩壊していく中、日本の若者の間で流行する次の大きな波を模索する、海外の“ジャパンクール”ハンター達が存在していることを考えると、日本とグローバルなメディアのオブザーバーたちが“お兄系”にこぞって注目していると思われがちだ。巨大なアパレルメーカーや『Men’s Egg』や『Men’s Knuckle』といった独立したファッションブランドに頼っているメディアからのサポートがほとんどない中で“お兄系”は内側から起こったファッションの動きであり、きちんとした販売市場もできあがっている。

しかし、真っ黒に日焼けした“お兄系”の若者たちは、『Men’s Non-no』の表紙を飾ることはない。“ワイルドでセクシー”なスタイルは、ファッション業界では受け入れがたいものとしてとらえられていると言ってもいい。基本的に“お兄系”は、1970年代から不良の美学のお手本ともなってきた“ヤンキー”サブカルチャーの最新形である。全体的なカルチャーにおいて代わる代わる美化され、悪者扱いされてきたヤンキーだが、常にファッション業界や“きちんとした”消費者主義の枠の外へとのけ者にされてきた。“お兄系”の位置づけも本質的に同じだ。“真面目”な男性ファッション誌は“ストリート”スタイルを少しだけ取り入れることはあっても、大体において“不潔っぽい”と考えられているお兄系に触れることはない。

ここに、クール業界で浮き彫りとなっている典型的な問題点をみることができる:実際に売上、成長、盛り上がりという意味では“勝ち組”とされる若者サブカルチャーも、そのスタイルがトップにいる人たちが個人的に認めていないためにゲットー化している点だ。今までは、ボトムアップによるカルチャーの高まりを考慮し、雑誌は消費者志向の変化に対応するため、仕方なくファッションセンスの変更をおこなってきた。しかし、多くの場合、その“新しいスタイル”(80年代後半の渋カジ、90年代中頃の裏原宿など)は中・上流の若者の間で起こった動きであった。言い換えれば、彼らは雑誌のメインな読者層である。しかし、お兄系は、下層階級が好むカルチャーとしての認識が強いために、『Popeye』や『Men’s Nonno』といったファッション市場の“リーダー”たちはお兄系を語り、市場の中でも上位のカルチャーや広告主(最も大事なターゲット層も)からの信頼を壊すようなことは到底できない。そうはいっても、お兄系を主流とした雑誌のご機嫌をとるようなことは、もはや重要ではなくなってきているのかもしれない。Buffalo BobsやVanquishは、今の地位まで登りつめるまでにファッションプレスの力を借りる事はなかったわけで、何も今わざわざ始めることもないだろう。

しかし、今はもっと大きな疑問が持ち上がっている:トレンドスポッターやクールハンターたちは、この10年間ファッショントレンドはクールなものの最先端をわかっている“スタイルエリート” (それもクールハンター自身のテイストと似たものを持っている人たち)から沸き起こってきたものだと言っていた。今、必ずしもこれが当てはまるとは言えない。社会資本や文化資本が減って市場には活気がなくなり、ニッチな志向に偏った数多くのカルチャーが平行に動いている。その底辺とされるニッチなカルチャーこそが、大金をもたらす経済力の集結する場所となっているからだ。アキバ系と同様、お兄系は単に自分達の“型にはまらない”市場において存在する消費者を指すものではなくなった。彼らだけが、意味のある消費をする消費者なのだ!

宮崎あおいとエンポリオ・アルマーニ

April 28th, 2008  W. David Marx

一昔前は、日本における海外ブランドの位置づけがもっとわかりやすかったといえる。日本の消費者には“海外ブランド”であることを伝えるだけで、高級、最先端、洗練されているというイメージを抱かせることができたからだ。

ところが、日本はここ30年間で国内ブランドに対する自信を積み上げてきた。そのため、ヨーロッパや北米のブランドは、日本の消費者を引き寄せるために、今まで日本にあった劣等感に頼ることができなくなっている。

だからといって、今の日本の消費者が欧米のものに比べて、国内ブランドを無条件に好んでいるとは限らない。今の市場は複雑なうえめまぐるしく状況が変わり、誰もが正確に予測できないため、消費者は自分の嗜好にあったブランドをより念入りに判断しているためだ。

前回のエッセー“ファッション表現者という人種”で説明したように、『CanCam』や『ViVi』のような“リアル・クローズ”雑誌は、特集している服を説得力のあるものに見せるために、日本人とハーフのモデルしか起用していない。一方、『Spur』や『Ginza』のような高級ファッション誌は、正当な高級ファッション界の中心は“海外”にあることを主張するかのように、外国人(白人)モデルを起用している。そのため、海外の高級ブランドは日本のファッション誌でも、あえてグローバルキャンペーンの広告(日本人以外のモデルを起用した広告)を採用しているのだ。記事体広告(“タイアップ”)は、人気モデルが最新シーズンの服を着て登場するのによく使われるが、海外の高級ブランドが中心にあるという正当性は堅く守っている。基本的には海外の高級ブランドが、日本で親しまれているモデルを起用して日本のカルチャーのレベルまで“降りて”くることはないのだ。1

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そんな状況の中、エンポリオ・アルマーニは今までのルールを破って、日本人の女優である宮崎あおいを新しい広告に起用するという目立った動きにでた。確かに、宮崎は今の日本で“旬の人”である。ただ、彼女は日本において有名な女優であり、海外で知られている顔ではないと考えるべきだ。シャネルは去年のキャンペーンに、女優でありバベルのスター、菊地凛子起用していた。宮崎と異なるのは、日本人とはいえ彼女はオスカーにもノミネートされたほどの“国際的”な女性という点だ。宮崎を起用した理由は、必ずしも“国際的”とは言えないが、日本の女の子達が毎日着られるブランドを伝えるために彼女を使う効果があると考たからだろう。“スター”に服を着てもらうことで華々しさを保ちながらも、宮崎によってエンポリオ・アルマーニを“日本のレベル”まで持ってきている。彼女は、どちらかといえば“等身大”であり、“現実感”がある。

エンポリオ・アルマーニというブランド、と宮崎が持つセレブとしての特徴との間には完璧なバランスがあるようだが、それはこのブランドが“ブリッジライン”としての位置づけがされているからだ。戦略的なゴールということで考えれば、彼女は日本の消費者と一流海外ブランドの“橋渡し”をする役割を担っている。しかし、アルマーニとしては、日本のスターを最高級ブランド、ジョルジオ・アルマーニの広告にまで使うことは避けるだろう。もしかしたら、日本のファッション界において、人種的な階層は極端な部分(欧米が高い、東は低い)では安定しているのかもしれない。こうしたルールを曲げるような、枠組みの絶え間ない変更や、折り合いをつけたりする面白くも新しい動きは、欧米と東洋2つの世界が交差する市場では存在するものである。

1 他にも思いつくような例があるかもしれないが、それほど一般的ではない。

KY世代

April 17th, 2008  W. David Marx
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“KY”が2007年新語・流行語大賞のトップを飾るようになってから、若者の間で流行っていた言葉を大人でさえも平気で口にするようになった。KY(ケイ・ワイと発音する)とは、“空気を読めない”の略語であり、文字通り“空気を読む”ことができない人を非難する表現である。言い換えれば、KYと言われた人は、それぞれの社会的状況の中できちんと行動できていない人を意味する。さらに、KYの度合いを大きく超えている人なら、“SKY”-“スーパーKY”(英語のスカイと同じ発音)と見なされるのだ。今では、ローマ字日本語の俗語について説明をする『KY式日本語-ローマ字略語がなぜ流行るのか』という本が発行されるほど盛り上がりをみせている。

日本の若者人口の割合が年を追うごとに減ってきてはいるものの、親は昔と変わらず思いもよらない形で子供に困惑させられている。最近、雑誌の『宝島』と『宣伝会議』は日本の若者について特集をした。内容は、過去の若者に対する厳しい批判に対して、理不尽に反対するのはどうかということ。新しい非行の形を非難するわけでもなく、今の若者が創造力をもって社会の壁を壊せないことを伝えるのに苦労しているようだった。雑誌の中で、若者は無気力で創造性がなく、対立したがらないと批判されている。また、取り巻く社会的・経済的な状況にかかわらず、彼らは社会に対して戦うわけでもなく、ましてや自分との戦いすら放棄しているというのだ。お酒やタバコは無駄な消費と考えられ、やる人も少なくなった。今では親が威厳のある存在ではなくなったためか、楽しそうにショッピングをする親子が表参道にあふれている。この新しい社会のパラダイムのせいで、マーケティング担当者やコメンテーターは、若者の興味の対象や、彼らを駆り立てるものが何なのかを探るのにお手上げ状態である。宣伝会議の香山リカのインタビュータイトル「なぜ若者の心がよめないのか?」が、そんな現状を象徴しているように思えた。

このことを背景に、大人はKYという表現を、「若者たち自身のグループ内での関わりを明確に表す言葉」として捉えている。若者の最も恐れることこそが“KY”になることであり、一人だけ目立つような行動を嫌い、人間関係をうまくやっていくために社会のルールを守ることは絶対であると考えている。まさに“群集心理”が働いていると言える。都造形芸術代准教授であり、ファッションの歴史に関する専門家である成実弘至氏も同じ意見だ。過去のファッション動向は、ヒッピーやパンク、全身黒ずくめの“からす族”のような、反社会的な姿勢を服装で表現していた。一方、今のファッションは、自分の属するグループの基準に見合う服装をしなければならないというプレッシャーから “リアル・クローズ”、“清潔感”を重視していると彼は論じている。成実氏は、若者は一般的に自己表現で親しい友達と合わせることを最優先させていると言うのだ。そのことからも、KYはY世代(好奇心とやる気に欠ける・等身大のメディア像に執着する・平均であることに満足する・身近なグループが大事・反権力的な行動には全く興味がない)の属性を一言でまとめられる便利なフレーズといえる。

KYをとりまく状況は今の若者特有の新たな特徴とされているが、実際はこれまで欧米が批判してきた日本社会の特徴とほとんど同じだ。例えば、グループで同じ事をすることに固執するあまり、自分を出すことがない(集団規範>個人表現)といったように。日本のカルチャー全体を考えると、“空気を読む”というコンセプトがY世代から生まれたことが信じられない。当然、前の世代でも似たようなプレッシャーがあったはずである。しかし、戦後生まれの世代では、好奇心を育てることや、自分を表現したいという意思、社会を変えたいという願いをかなえるべく、何かに対して戦う事を楽しんでいた。帝国主義のアメリカンポップカルチャーの傘下にいることで生じた劣等感が、日本のアーティストをどんどん高い水準へと押し上げたという事実がそれを証明している。過激マルクス主義が1960年代の政治活動に対する抗議の中心となり、1980年代、1990年代と大量消費時代を迎えた。その中でもお金のある若者は、拡大しつつあった流行とは違うことがしたいと考え、独自の新たなモードへと走ったのである。ところが今や政治も消費主義も死にたえ、劣等感のかけらもない日本のポップカルチャーによって、今の若者は“変化”を求める観念を持たなくなってしまったのだ。日本社会の評論家を最も混乱させているのは、今の若者が50年も続いてきた、“何かに対して戦いを挑み楽しむこと”から離れて、もっと保守的な日本の社会組織へと移行していく動きである。

あえて誰も言わないが、カルチャー(音楽、ファッションなど)の市場が崩れたことによって、若いアーティストが大きな舞台で目立った活躍をする機会が減っている。つまり、“群集心理”から抜け出した若者がいたとしても、気づきにくいのだ。もはや、クラブにいる若者に投資して店を出してやるような人もいなければ、ニッチなインディーズのレーベルにお金をだす消費者もいない。若者にとって、社会のルールを破ってまで目立つことをしても、励みにならないという状況のなかで、周りがそれを期待するのもおかしな話である。KYを恐れることは日本に昔からあることかもしれないが、前から日本あった“意識”を防衛する手立てはすべて消えてしまった。

渋谷系 vs アキバ系

January 17th, 2008  W. David Marx
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1990年代に流行した、インターナショナルな音楽・ファッション・インテリア・デザインにおけるオシャレなムーヴメント“渋谷系”(※1)。「オシャレな」とはほど遠いイメージがある秋葉原のアニメオタクによるカルチャー“アキバ系”。これら2つの異質なカルチャーが融合した、コンピレーションアルバム『AKSB 〜これがアキシブ系だ!〜』が話題になっている。1曲目は、パリにダンス・ミュージック・シーンを築いた伝説的なフランス人DJ、Dimitri from Parisによるサウンドプロデュースで、アニメ「月詠」テーマソング「Neko Mimi Mode」。アルバムの最後には、渋谷系のカリスマ、Pizzicato Fiveの小西康陽がリミックスしたアニメ「ケロロ軍曹」のテーマソングで締めくくられる。渋谷系の象徴ともいえるこの2人のほかにも、渋谷系で有名どこのアーティストがクレジットにならぶ。昨今、不況の音楽市場において、“アキバポップ”("A-Pop"とも言う)は収益の高いニッチな分野を切り開いている。儲かっているオタクカルチャー市場に足を踏み入れることに、渋谷系サウンドの担い手もやぶさかではなかった、ということだろうか。

消費領域も違えば、学生などティーンズたちの間でのポジショニングも違う渋谷系とアキバ系。基本的に渋谷系はインディーズのエリートと共に起こった音楽的なムーヴメントであり、アキバ系はオタクたちのファンタジーへの妄想といったサブカルチャー全体のことをいう。しかし、両者とも時代を“定義づけ”していて、渋谷系が1990年代を代表するものであれば、アキバ系のカルチャーは21世紀はじめの10年間を象徴していることに異論はないだろう。つまりそれらは、過去15年間のポップカルチャーの推移を説明するのに役立っているのだ。

異質な渋谷系とアキバ系も、ある1点においては共通している。それは“オタク”であるということ。アキバ系はもちろんそうだが、渋谷系を牽引したメンバーたちもポップカルチャーに取り憑かれた“オタク”なのである。たとえば渋谷系のオリジンともいえるフリッパーズ・ギターの小沢健二と小山田圭吾(後にコーネリアス)。彼らは難解なイギリスのネオアコやマッドチェスターにはじまり、フレンチポップス、イタリアの映画音楽、60年代末の“moog”レコード、60年代のモダンジャズ、ボサノバと、幅広い音楽をモチーフに日本のポップミュージックを創作した。彼らの音楽は90年代初めの音楽市場で話題になり、ヒットとなった。2人のカッコよさはどこから来ているのか、という質問に対して「基本的には音楽オタクだから」と、彼らは自己分析する。音楽に対してどん欲な“オタク”な2人は、エキサイティングで魅力的な海外の音楽に関して誰よりも知識が豊富だった。そこでメディアが、いつも新しいもの探しているファッショナブルな若者のスタイルリーダーとして彼らを位置づけたのだ。

アキバ系のファンは自分が興味ある情報を収集、蓄積していくことに生きがいを感じている。だが、日本ではまだ知られていない外国のものを輸入する渋谷系と違って、その興味の対象は主に国内のアイテムであり、ある特定のアイテムに熱中し、異様な執着を見せる。内向的なアキバのオタクは、自分の興味のあるものだけを見つめるだけでなく、個人的または限定的なグループ内でのみ消費するのが特徴だ。アキバ系のカルチャーは、大体において孤立した“内”に焦点を絞っている。一方、渋谷系は“外”(幅広い“トレンドコミュニティ”および大きな意味でのインターナショナルなカルチャーという意味においての“外”)の世界に焦点を絞っている。

テレビゲーム、漫画、アニメに夢中な大人に、ある程度の社会的な差別がいつも存在してきた。オタク以外の人が楽しめるようなものを提供したり、作ったりしないと思われているオタクカルチャーが、メディアにおいてリーダーシップ的なポジションをとることは、今まで稀であった。彼らは国内で作られた日本のカルチャーを楽しんでいる。しかしそれは、メディアにとって時代遅れでありふれたことなのだ。そこで疑問となるのは、今まではオタクなカルチャーとして退けられてきた(ちょっとアブナイとして)のにもかかわらず、なぜ今アキバ系がこれほどまでに“成功”しているのか? 渋谷系は説明がしやすい。彼らは魅力的な外国のカルチャーを、消費に飢えた社会に取り入れた最先端のエリートだから。

今日のオタクカルチャーは、80年代の初頭に始まった頃と同じような、社会的な偏見を引き続き持たれているが、突然、日本のメディアが“オタクはカッコイイ”と決めてしまった。“ジャパン・クール”のコンセプトの誤った理解によって起こったとも考えられる。外人たちは、コスプレをやってるオタクやフィギュア収集家、ゴスロリの女の子たちのことを“超カッコイイ”と思っている。それならば、オタクを日本のカルチャーリーダーとして尊重したほうがいいのかもしれない(※2)、という考え方だ。同時に、近年の一般消費の落ち込みと対比して、オタクカルチャーを中心とする消費は好調、という側面も、メディアが取り上げる理由だろう。今のアキバのオタクは、ファンとしての力を見せつけるために大量のアイテムを購入する、唯一広く知られたグループである(とりあえず、ニューリッチのわかりやすい消費のことは無視するとして)。

メディアやメーカーはオタクを“模範的な消費者” として讃え、彼らの消費に対する情熱的な行動が、一般にも広がってくれないかと秘かに願っている人は多い。最も重要なのは、若者のカルチャーがあまりにも刺激のないものになって縮小してきているので、秋葉原の“毎日がハロウィン”的な週末の面白さが、華やかさや活気という点で際立っていることだ。情報媒体の変化も渋谷系やアキバ系のポジショニングを変えている。“情報のエリート”として鎮座していた渋谷系の若者たちは、インターネットの普及によって誰もが情報を入手可能になったために、もはや“エリート”としての価値を失ってしまった。

インターネットが広まってない時代には、フリッパーズギターやピチカートファイブのメンバーたちは、一般の人たちよりも外国のカルチャーの情報をいち早くキャッチしている、ということをウリにできた。ところがインターネットの普及により、誰もがニッチな情報までアクセスできるようになり、トレンドセッターが情報を先取りできるという状況が生まれにくくなってきてしまった。この事実によって、グローバルなファッションエリートたちは、インターネットに対して何かしら軽蔑、無関心といった姿勢をとってきた。たとえば、渋谷系のあるアーティストは、草の根的なコンサートを開こうと考えて、告知はチラシのみ、ファンにはウェブ上でコンサートの情報については触れないようにと頼んでいた。

一方、アキバ系のオタクはテクノロジーの変化に抵抗するのではなく、巧みにネットを利用してきた。自分たちのお気に入りのアイテムについて話し合ったり、神聖なものとして讃えたり、自分たちのコミュニティにどうやって新しいものを広めるかについて工夫している。この動きはサブカルチャーをどんどん強くしていった。事実、アキバ系カルチャーは、今の日本のインターネット上においても、最も魅力的なコンテンツになっている。

過去10年間のメディアの民主化とカルチャー市場の衰退の影響をあまり受けることがなかったアキバ系。それゆえ、アキバ系のサブカルチャーは最終的にコンテンポラリーなポップス界でトップに登りつめた。渋谷系の美的センスは今では時代遅れの感があり、境界のよくわからないインターナショナルなアートや音楽に深く関わっている最新のインディーズ・カルチャーを追っている人たちに対して、あまり意味を見出していないのである。

現代の日本では“偏狭”はアキバ系に限ったことではなく、若者世代全体の定義となっている。皆がCool Race 2000から脱落していくなかで、あっと驚くようなことよりも展開の読めるメロディーやメロドラマのほうが安全なのである。このカルチャー・シフトを誰よりも体現しているのは、2001年に“ネオ渋谷系”として自分のユニットCapsuleを作った若きプロデューサー中田ヤスタカ。Capsuleはピチカートファイブのボサノバ・ダンスサウンドを現代音楽のテクノロジーを使って再現しようというプロジェクトだった。大手レーベルの全面的な支援があったにもかかわらず、それほど知られることはなかった。しかし、90年代の時代遅れなサウンドからは離れて、とてもアキバ系なテクノアイドルPerfumeのプロデューサーとなってからは注目を集めた。彼のキュートな、デジタル・ロボット・ポップスは一気に彼女たちをスターの座へと押し上げ、彼は一躍、全国のオタクアイドルファンの間でヒーローとなった。21世紀において、インターナショナルで流行の先端を行くハイセンスなものは、踊って歌えるロボットみたいな日本のキュートなアイドルには、肩を並べることはできないのだ。

(※1)Men’s Egg やMen’s Knuckleといったお兄系の雑誌では、自分たちのスタイルを“渋谷系”と呼ぶようになってきた。ある意味、合っているといえる。お兄系スタイルは渋谷がベースになっている。しかし、もともと渋谷系と呼ばれていた人たちはもういない。これはもしかして、1990年代のSunny Day Real Estate やThe Promise Ringといったバンドを称して“Emo”と呼ばれていたのにもかかわらず、2000年代になってから音的には関連性のないMy Chemical Romanceのことを指すようになったことと似ているのかもしれない。

(※2)このことについてくどくど言うつもりはないが、“ジャパン・クール”は、オタクカルチャー(アキバ系)、目利きカルチャー(渋谷系の流れも含む)、そして若者のサブカルチャー(コギャル、暴走族など)、といった少なくとも3つの本質的に異なる要素によって構成されている。アニメは特定のものに使用されればカッコイイかもしれないが(ラップアーティストのアルバムジャケットなど)、このジャンルが日本以外でオタクから脱却したとは言えない。村上隆の大ファンであることと、ナルトの大ファンであることはスノッブの世界では同等にはなりえていない。

「恋空」:共感と匿名性から生まれたもの

December 27th, 2007  W. David Marx
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宣伝文句を信用するならば、日本人の10人に1人が“ケータイ小説”『恋空―切ナイ恋物語』(以下、『恋空』)を読んで泣いたということになる。レイプや妊娠、流産、そしてがんによる少年の死などが内容の、素人によるこのラブストーリー。文化的にもそれほど普及しているのなら極めて異例であり、21世紀におけるマスメディア業界の事件としても取り上げられていることだろう。インターネット上でのダウンロードの回数が1,200万という数字はおそらく間違いであろうが、業界における『恋空』の大ヒットは本当にすごいことである。というのも、2005年にホスト向けの掲示板へ投稿された“ケータイ小説”から始まり、その後携帯小説サイト「魔法のiらんど」からのダウンロード数は開設後1年で1,000万に達したのだ。さらに、書籍化された上・下巻はミリオンヒット、漫画化を経てついには映画化もされ、公開初日の興行成績では第3位をおさめたという記録もある。また、主人公の恋人からの視点で書かれた“サイドストーリー”・『君空―‘koizora’another story』は小説売上チャートで一時期トップに躍り出ていた。

日本文化に合わせた昔の“事務所”体系を完全にぶち破るインターネットの力について、かつては懐疑的な記事を書いたこともあった。が、『恋空』は明らかに“無名の人物”がコンテンツを作り、オープンなウェブサイトに“投稿”して庶民から人気を集め、最終的には大手のエンターテインメント企業(今回はスターツ出版と東宝、さらに協賛としてローソンやツタヤ、NTT、三ツ矢サイダーなど)からスポンサーシップを勝ち取ったという、完璧な例であると言えよう。この作品が(他の多くの人気ケータイ小説家が注目されていない中で)どうやってこうすんなりとメディア露出の過程を踏んでいけたのか、不思議に思っている人々も多少はいるだろうが、ちょうど「チャド・ベイダー」シリーズのように、新たなタレントを発掘する「お試しの場」として日本の企業が大々的にインターネットを活用し始めているのである。

だが、別の言い方をすれば、『恋空』は日本で昔からある(ポップカルチャー)普及パターンの一例に過ぎない。女子高生のファッションや人気のバンドなど、一部の人々に流行っているもので、草の根からマスまで直線を描くようにその人気が徐々に上昇していくというものは日本ではほとんど見られない。ある商品やスタイルが街中であらわれ始めると、マスメディアがすぐに取り上げて一気に全国のニュースや広告キャンペーンへと展開し、その結果全国から一挙に関心を集めることになる。なめらかな上昇曲線というよりは突如、跳ね上がる線を描く。そんな伝わり方をしていると言える。『恋空』のケースでは、もともと“ケータイ小説”がニッチなところで広まっていて、それを書籍化した際にマスをターゲットとしたTVCMで宣伝したので、その後売上がずっと上り調子だということ、それ自体はそれほど驚くべきことではないのである。 

 

 

『恋空』の大ヒットにおいて、最も興味深い点は誰にもその素性を全く知られていない著者、美嘉であろう。突如大金を手にしたイマドキの若年ベストセラー作家でありながら、“美嘉”は公の場に姿をあらわそうとはしない。以前の「電車男」のように、“美嘉”は匿名、かつ素性を追うことのできない人物である。彼女のファーストネームと彼女に関することと思われる記事の引用しか、手がかりはない。『恋空』は彼女の学生時代の“実話”とは言えないまでも、少なくとも“実話をもとにした”物語であると考えられている。

日本のメディアは“美嘉”の素性を探ることはしないし、読者も妊娠や悪性リンパ腫に関する彼女の無知で間違った描写に反論することもない。故に、著者は半・文学界のスターダムとなっていく上で自分の顔やフルネームが明かされるといったプレッシャーはない。匿名性という要素は、個人が自分の作品をインターネットで公開する際に重要であり、それを望む人には配慮し、消費者も理解を示してもいるという状況が日本にはある。さらに、匿名性は「過去を告白する」形の文学作品においてキーポイントとなっているのである。それは著者が“名もなき人物”であることで、その作品がより“リアル”で“個人的な”ものであると周りに思わせることが出来るし、更には、こういった自叙伝風の作品を『A Million Little Pieces』(ジェームズ・フレイ著)が経験したような露出の危険性(※1)を避けることも可能である。(※2)

共感という要素もまた、『恋空』のような本にとっては鍵となる感情反応だ。主人公の痛みや苦しみに浸って涙する読者が多かった。不良集団によるレイプ、いじめ、10代の死などが「可哀相な著者の身に、実際起こったことである」という仮定は、そういった読者の感情を間違いなく増幅したであろう。“実話に基づいた物語”となると、どこまでがフィクションなのかわかった途端にがっかりしてしまうのではないだろうか。 実は“美嘉”は40歳で、今はデータ入力の仕事をしており、青春時代は全く無味乾燥なものだった、としたら、“共感”の元となっていた全ての条件が崩れ始めてしまう。それは例えば、“友人が母を亡くしたと言っていたが、実は健在で、単におごってもらおうとついた嘘だった”とわかったら、そんな友人のために泣けるわけがないのだ。

日本ではネット文化が進化するにつれ、匿名性が基本原理であるということがより浮き彫りにされつつある。たとえ得られるであろう名声や幸運を前にしても、自分の書いた空想的な実話でマスの共感を得るためには素性を隠しておいた方がよいと、アマチュア作家は判断しているのが現状だ。また、駄作やありきたりのメロドラマ、性や死に関する疑わしい話を、それらが実際に起こったことの記述だという前提で、多くの読者は認めている傾向にある。つまり、インターネットの力で、創造的な中身と同様に、その作品の“成功”の裏側にある物語も重要になってきているのだ。『恋空』について言えば“美嘉”がどんな人物かを明らかにしてしまうと、そのどちらも破綻してしまうことになるだろう。

 
(※1)発売当初は自伝として大ヒットをとばしたが、後にフィクションではないかと大騒動に発展した。
(※2)『恋空』の場合、“ケータイ小説”から書籍化・漫画化、そして映画化という一連の露出を経たことで2007年12/13売の「週刊文春」に『恋空』のパクリ疑惑が浮上したとの記事が掲載されている。

“良家の子女”って????

December 13th, 2007  W. David Marx
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人気通販下着メーカーの「Peach John(以下、PJ)」は、来る11月17日に伊勢丹新宿本店に新たにショップをオープンすることを発表した。ここ10年で、「PJ」はアメリカからブラジャーを輸入するという小さいビジネスから、カタログを爆発的に売り上げて20の直営店を持つほどの劇的な成長を遂げた。そういった状況下、伊勢丹への出店は人気急上昇ブランドが辿る自然な道のりとも言えるが、今回はただの“新店舗のオープン”ではない。「PJ」のこの“冒険的”とも言える事業展開は、自社の進む新しい方向、ひいては日本市場において非常に面白いトレンドを予想させるものであると言える。

11月6日付の繊研新聞「ピーチ・ジョンが伊勢丹本店に出店」の記事によると、「PJ」の伊勢丹出店プロジェクト名は「ガールズ・フロム・グッド・ファミリー」。記事の中ではより日本語らしく「良家の子女」と“翻訳”されていた。

現在の「PJ」は、渋谷109のようなファッションビル内に店舗をかまえることがほとんどである。つまり、百貨店進出というプロジェクトは彼らにとって初の試みだ。しかし、年齢や美意識、所得の差からして伊勢丹を訪れる人が渋谷109を訪れる人とは全く違っているということは、一目瞭然であろう。例えば2万円あるとしよう。渋谷109では上から下まで秋服のコーディネートが購入可能な一方、伊勢丹では(上質と言えるかはわからないが)まくら1個が買えるかどうかというくらい差があるのだ。

確かに、伊勢丹でショッピングを楽しんでいるのは“良家”のお嬢さまが多いのだろう。しかし、“良家”という言葉が出てきて、それが消費者たちを厳密にレベル分けしていることに疑問を感じる。そもそも“良家”とはどういう意味なのか?単に金持ちのことか?あるいは資産家のことか?それならば渋谷109の買い物客は、“バッド・ファミリー”の出身あるいは“そんなに良くない家”の出ということなのか?「PJ」は慈善団体の重役も担うような医者一家の娘をターゲットとしているということなのか?はたまた、お金持ちではあるけれどその生業が高利貸である家の娘は、買い物をする際自分の血統を恥じながらレジに向かっていると言いたいのか?

とはいえ、マーケティングのコンセプトはスマートだ。同じようなモノでも値段の高いほうを(好んで)買う消費者を惹きつけるため、既にマス広告キャンペーンで定着している、ある種「派手で安っぽい」イメージは抑え込んでいくというものである。通常「PJ」の交通広告(電車の中吊りなど)は、道端ジェシカや、ケリー、藤井リナのようなモデルが下着姿で、世界屈指の売春宿にでもいるかのような画が露出されている。また、ファーギー(ブラック・アイド・ピーズの女性ボーカリスト)が表紙を飾った最近のカタログを見ると、男性へのセックスアピールを抑えようとしている感じがするものの、そのメッセージは「PJ」伊勢丹店のイメージ、即ち “良家”育ちの“裕福な”お母様方へ向かっているようには感じられない。もし、娘がヒョウ柄プリントのブラジャーなどをつけていたら、お上品で裕福な“お家”に泥を塗るようなものだということになりかねない。そこで「PJ」は、渋谷109で売られているような“刺激が強すぎる”アニマルプリントからは離れ、新たなブランドの引き出し造りや、「母親がかわいいプリンセスである娘に買ってあげたいと思うような」店舗を伊勢丹に出店する、といった試みを始めたのである。“良家”の人々には、性に対してビクトリア時代さながらの厳格な態度が脈々と受け継がれているため、従来の「PJ」スタイルでは全く受け入れてもらえないであろう。

「PJ」の新たな戦略は、収入格差が現在の日本社会を表しているという論調を煽るようなものだが、私は上流階級を狙うにあたって“良家”というような言葉をマーケティング用語として実際に使っていることに違和感をおぼえている。というのも最近、日本の消費行動を牽引しているのは、実際の“良家”と呼ばれる人々よりも、「ニューリッチ」という新富裕層であるとも言えるからだ。この「ニューリッチ」は高級品をたっぷりと身にまとえば社会から尊敬・羨望のまなざしで見られると考えていたりもするけれども。(こういった情報に敏感な「ニューリッチ」に)対して、渋谷109に買い物に来る女の子たちは、自分たちがなぜ“良家の子女”とみなされないのか疑問に思うこともあるかもしれない。でもまあ、そもそも彼女たちが自分のお気に入りブランドの販促戦略がどうなのかを知りたくて、業界紙に目を通すなんていうこともないのだろう。

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